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nodakumamoto’s blog

書評サイト。日本、海外の小説をメインに週一ぐらいの更新予定。

ポール・オースター「闇の中の男」

 ある男が穴の中で目を覚まし、出てみるとそこは内乱状態のアメリカで、どうやら2001年の同時多発テロ事件が起きなかった平行世界に飛ばされたようだ……というのが一つの核になったストーリー。ただ、これは一人の老人が眠れぬ夜、闇の中で思い描いた物語であることが、冒頭からすでに示されている。読者は、はじめから嘘と分かっている話を読み進めていくことになる。

 なんだ、これは嘘なのか、という思いと、そもそもこれは小説なのだから嘘でまったく問題ない、という思いが交錯し、そうこうしているうちに話に引き込まれ、物語られる人物たちの運命に関心を引き寄せられる。

 途中で差し挟まれる短いエピソードも、第二次世界大戦や冷戦、イラク戦争など、何かしら今を生きる人間と無縁ではない歴史的事件が背後にあり、否応なく関わる普通の人々を、淡々と、時には突き放すような筆致で描く。同時に、彼らの青春時代が、おそらくは実際にあったこと以上(フィクションにおいて実際にあった、などというのも変な話だが)に輝かしく彩られ、生き生きと語られる。

 自分や家族に不幸を抱えた男が闇の中、一晩のうちに、実に数多くの物語とともに過ごしてきたのだという詠嘆と共に、この本を読み終えた。

 

 翻訳者の柴田元幸さんは、原著者のポール・オースターの本をたくさん手掛けていらっしゃるようだ。あまり難しい言い回しを使わず、かといって浅い文章ではまったくなく、読んでいて心地よい訳文だ。翻訳は水もの、と何かの本で読んだが、今世紀に入って訳された本だけあって、とても新鮮な日本語を味わえる。名作と言われる翻訳ものが一概に古くて価値がないというつもりはないが、こういった新しい翻訳ものからだと、私のように古典翻訳ものに苦手意識を持っている人間でも入りやすくていいと思う。

 村上春樹さん著「騎士団長殺し」が面白く読めるのであれば、きっとこの本とも波長が合うだろう。

お勧めです。

 

 

ここぞ! の引用

 

東京物語』の終わりに出てくる懐中時計。私とカーチャはこの映画を何日か前に観た。私も彼女も二度目だが、私の一度目はもう何十年も前、六〇年代末か七〇年代初頭までさかのぼる。いい映画だと思ったこと以外、物語の大半は頭から消えてしまっていた。小津安二郎、一九五三年、日本の敗戦から八年後。ゆったりとした荘厳な作品で、これ以上はないというくらいシンプルな物語だが、きわめて優雅に、深い感情を込めて作られている。結末に至ると私の目には涙が浮かんでいた。映画の中には書物に負けず優れたもの、最良の書物に負けず優れたものもあって(そう、カーチャ、そのことは私も認めよう)、これは間違いなくそういう一作だ。トルストイの中篇小説に劣らず繊細で心を動かす。

 

 日本の作品に言及していたというひいき目も加味してこの文章を引用した。「闇の中の男」では、映画に限らず、人づてに聞いたエピソードや登場人物が勝手に思いついた話など様々に自由な形式で語られるが、ここでは数ページに渡って東京物語のある重要なシーンが描写され、それについて語り手の考えも二、三書かれる。

 私も一応二度ばかりこの映画は見たのだが、かえってこのポール・オースターの文章を通じて教えられることも多く、見識の深い人はすごいなあと感嘆の念を抱いてしまった。